バスに乗って出かけよう!<その(三)今熊神社>

1、参道

バス停から、1、2分の所で道がふた手に分かれる。右側が旧の秋川街道、オバケが出ると言われた「小峰トンネル」をくぐり、五日市に通じていた。
左側の信号の所が参道の始まりで、大鳥居が建っていたが現在は「今熊神社」の石塔が目印となっている。信号を右に行くのが新道で「新小峰トンネル」の入口にもなっている。
「参道」の路肩を注意しながら見て行くと「◯◯米(メートル)」と漢数字が彫られている白御影石(シロミカゲイシ)と、「◯◯丁目」と彫られた黒っぽい石が見つけられます。この辺では、少なくなってしまったが、今熊山の山道に入るといくつも見られます。昔の「里程標」です。
右手に「正福寺」の案内板を見て少し行くと道が二つに分かれる。
「今熊野山道」(弘化3年 1846)と彫られた大きな道しるべが正面に建っている。左手を行けば、「神社」はすぐ。

2、今熊神社(八王子市上川町)

正平元(1346)年から南北朝の頃、「熊野大社」(和歌山)を勧請(カンジョウ)したと伝えられている。
貞治(ジョウジ)3(1364)年、正福寺の僧重円が社殿を建て、今熊野三社大権現と称した。明治元(1868)年、今熊神社と改称。
古くから、「呼ばわり山」と言われ、失せ人・失せ物の名前を唱えながら山をめぐると、見つかると言い伝えられている。
そのいわれは、安閑天皇(6世紀前半)の頃、行方不明になった姫を当社に祈願したところ無事に戻ったことによる。
幕末から明治にかけて、お参りする人が多く、参道には茶屋があったと言われる。

3、今熊山(505m)

神社から約40分。神社の裏手から登山道が始まる。登り口は急な坂だが途中は平坦で、見晴し台が素晴らしい。また、地元の人達によって、ミツバツツジが植えられ、開花期には多くの人が訪れます。
中腹には2カ所ベンチがあり、「今熊山園地」には、トイレがある。
八合目付近、右手に歌碑が目につく。

“亡き父が いこいし岩をなつかしみ しばしやすらう神山の道”

陸軍少将中頭(ナカズ)新左衛門とある。中頭氏は、三重県、津の人で、「今熊講」で当山に来ていたそうである。昭和8年の建立である。さらに、頂上手前には多くの石造物が散在している。
昭和17年4月5日、刈寄山付近からの山火事で全山焼き尽くされたといい、火は相模湖からも見えたと言われている。
その時に倒壊したと思われるが、寄進者の地名、姓名が今でも読みとれるものが多い。府中、青梅、八王子の地名が多いが、遠く三重県のものもみられる。
頂上には、505mの標高を示した案内板があり右手が本殿である。本殿の周囲に石造物がまとめられてあり、“風神・水神”、“カラスウチワ”もあり、高尾山との関連を思わせる。今熊山は修験の山でもあったのであろう。

4、金剛滝(コンゴウダキ)

今熊山が修験の山であったと思わせる滝である。本殿の裏手の道を下りて行くと滝の上に出る小径があるが落石のため下りることは出来ない。ややしばらく行くと滝の下に出る案内板があるので、そこから滝に出ることが出来る。
滝は、2段からできており、上段を男滝(大滝)、下段を女滝(小滝)と言う。高尾の琵琶滝、蛇滝に劣らぬ滝である。

5、帰路

滝から元の道に戻り、道をそのまま下りれば変電所の傍を通って分かれ道、バス停に戻ることが出来る。


コラム紹介:
このコラムは、八王子市内の身近な史跡を発見し気軽に歴史に触れてみようという内容です。「歴史の街・八王子」を自分の足で歩き、自分の目で見、八王子の街を見直し明日への活力としましょう。八王子での教師生活38年の元歴史の先生がお届けします。

コラムニスト:増渕 滋さん(元公立中学校校長)